鎌田哲雄の同友会形成コラム「陶冶(とうや)」

 

鎌田哲雄プロフィール

27歳の時に愛媛県中小企業家同友会設立のため、1985年1月に『車に布団一式』のみで大阪から来県。同年9月14日に愛媛同友会設立後、事務局長に就任、2013年4月から専務理事に就任、現在に至ります。千人以上に及ぶ経営者や企業、そして教育ならびに行政、報道機関などの地域社会と正面から向き合って、30年間愛媛同友会運動と共に歩んできました。

年度 事項
1998年 NHK松山放送局・視聴者会議委員
2000年度
(~2001年度まで)
経済産業省・中小企業総合事業団インターンシップ広域連携プロモーター
2001年度
(~2012年度まで)
松山市教育委員会・教職員研修研究委員会委員
2004年度
(~2005年度まで)
経済産業省・四国経済産業局・四国IT経営応援隊戦略委員
2008年度 愛媛県キャリア・スタート・ウィーク支援会議委員
2011年度
(~2012年度まで)
東温市中小企業振興基本条例検討委員
2012年度 松山市中小企業等実態調査事業意見聴取会員
2012年度 一般社団法人えひめ若年人材育成推進機構理事
2013年度 松山市中小企業振興基本条例検討委員

2015年度 愛媛大学法文学部非常勤講師
2015年度 愛媛大学社会共創学部設置協力会議委員
2016年度 愛媛大学社会共創学部カウンシル(評議会)委員
2016年度 中小企業家同友会全国協議会 事務局次長

 

 

会報誌連載コラム「陶冶(とうや)」について

愛媛同友会会報誌の1ページ下段に連載しているコラム「陶冶」。2004年10月のスタートから、既に100回を超えています。執筆しているのは、スタート当時には事務局長だった、鎌田哲雄・専務理事。スタートの経緯や、コラムに託した想いは、コラム第100号に書かれていますので、ご参照ください。


「陶冶とは、人の性質や能力を円満に育て上げること。人間のもって生まれた素質や能力を理想的な姿にまで形成することをいいます。」(第100号より抜粋)
「陶冶」というタイトルは、事務局に勤務していた丸尾さん(旧姓・松田さん)がつけたものです。


これからも、「陶冶」と、愛媛同友会の「人物形成」にご注目ください。

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VOL.135 秋の夜長、詩と共に

桜並木に守られた疎水が人生のように曲がりくねっています。入院生活の無聊を慰める窓辺の景色。私は今、佐賀の病院にいます。芸術の秋だからでしょうか。これまでに出合った詩を改めてかみしめています。

 

大学時代に知ったのは、ルイ・アラゴンの『学ぶとは、誠実を胸に刻むこと。教えるとは、希望を共に語りあうこと』。図らずも同友会の共育・共学の理念を表しています。

 

愛媛同友会草創の時、大野栄一さんへ贈ったのはホイットマンの『世界中の誰もが、私を賞揚しても、私はひとり静かに満足してすわっている。世界中の誰もが私を見捨てても私はひとり静かに満足してすわっている』でした。

 

中同協・経営指針専任講師だった故・吉本洋一さんへの哀悼としたのは、ポール・エリュアールの『自由』です。『学校のノートの上 勉強机や木立の上 砂の上 雪の上に 君の名を書く…中略…一つの言葉の力によって 僕の人生は再び始まる 僕の生まれたのは 君と知り合うため 君を目ざすためだった 自由と』。吉本さんは愛媛の経営指針成文化運動にご協力いただいた方です。

 

先日101歳で亡くなった、むのたけじさんの作品で私のお気に入りをご紹介しましょう。『最初に無視、次に賞賛、次に非難。新しいものは、たいがいこの順序でためされる』。愛媛同友会31年の歩みは、まさにこの詩そのものだと思います。

 

苦楽の時、畏友・大野さんはホイットマンの詩を愛唱していただいているそうです。進むことは大事ですが、未来と向き合うためには振り返っ て考えることも欠かせません。経済とは、経営とは、同友会運動とは。見識見解を備えた人たちが愛媛の同友会運動から生まれることを願ってやみません。

 

一編の詩と共に過去から学ぶ秋の夜長。疎水の先に思いをはせ、私は未来と向き合っています。

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